* この物語はフィクションであり、登場する人物、企業、
団体、一部政府機関の名称は架空のものです(著者)。




第三話




 島崎はこの時ほどサングラスを有り難いと思ったためしはなかった。四半世紀も前に発生した失踪事件のあっけない幕切れを見せつけられて、その眼球はすっかり焦点を失い、狂人めいた充血をしていたからだ。
 だが、少女のほうも恐慌は同じだった。彼女はもっと大変な状況に置かれているのだ。張り詰めた面持で問い掛ける、
 「ここは、どこなの、おじさん」
 モノクロームの記憶が彩色された視界に大きく踏みこんだ。これまでの人生を命がけのはったりで生き延びてきた島崎ではあるけれど、こんな状況でポーカーフェイスを押し通した経験は、もちろんない。
 「どこって、あなた」 
 辛うじて喉の奥に詰まっていたものが取れた、 
 「バンコクでしょうが?・・・東南アジアの、タイという国の首都。違ったかな」
 なるべく相手に状況を的確に伝えようとする語彙の配慮は、知らず知らずのうちにはじまっていた。それでもこれを伝えるだけで頬骨が疲労困憊していた。降って沸いた東南アジアの地名に接して、あたりをきょろきょろしながら少女は言う、
 「どうして、ばんこく、なの?」
 「知らないよ。オタクがとうしてバンコクにいるのか、なんてさ」
 「だって、わからないの。どうして、あたしがここにいるの?」
 「じゃあ、どこにいれば、よかったんだ?」
 へんな言い回しの質問だったけれど、ひとまずこう訊けば、彼女は支離滅裂な応答から抜け出しやすいはずである。
 「上水遊歩道にいたんだよ、あたし。ついさっきまで」
 虚脱しきって、島崎は深く頷いた。
 少女はやっぱり冴木有佳本人だった。
 上水遊歩道というのは、島崎にとっても馴染み深い地元の散策道の呼び名である。正式には「風の小径」という名称がつけられているが、土地の子供たちは小径が縁取っている玉川上水にちなみ、そんな風に呼ぶのが慣習だった。
 時空の旅人は物語を続けた、
 「でも、歩いていたら急にめまいがして、ベンチにこしかけたの。そうしたら目の前がまっ暗になって、気がついたら、ここに座っていたの」
 「すると、そちらさんは、わけがわからんうちに上水遊歩道から瞬間移動、つまりワープして、バンコクまで来ちゃったってわけか。なるほどな、事情はよくわかった」
 能天気をよそおう島崎は、卒然と、---神隠し ---という前時代的な語彙を思い出した。
 「なぁに心配するなって、お姉ちゃん。こりゃ単なるワープ事故だよ。宇宙じゃ、よくあることだ」
 無責任な大人は、ひとまず子供の姿をした同級生にうそぶいた。事情が察せられてきた以上もはや余計な鎌かけは無用だった。脈拍数もいくぶん正常な数値に近づいていた。ところが今度は冴木有佳が納得しなかった。
 「そんなの嘘っぱちよ。あたし、ワープなんて、信じない」
 「だけどあんたはついさっきまで上水遊歩道にいた。それなのに今はバンコクへ来ている。呼び名などはこの際どうでもよろしい。きみは神隠しに遭ってここへ来たのだ。いやいや、大事がなくて良かったね」
 まだ少女には、当事者以上に物分りがよい大人の常識感覚のズレを怪しむ心のゆとりが芽生えていなかった。ひとまず確保した優位に安堵すると、島崎の耳朶はふたたびウィバパディ通りの平凡な騒音を拾いはじめた。ノンエアコンバスが撒き散らす濃厚な排気ガスをやり過ごし、周囲の子供たちに向き直り、いけしゃあしゃあと島崎はいった、
 「どうもありがとう。諸君の見立ては正しかった。この子は日本人学校の子です。最近クルンテープに来たばかりで、ラチャダピセク行きのバスに乗ったらここへ連れて来られちゃったんだって」
 信憑性がある嘘を土地っ子たちは真に受けてくれた。ほっとした面持で優等生がはきはきとした調子で言う、
 「この子によくつたえてください、お兄さん。クルンテープのバスはいい加減です。あたしたちも、しばしばとんでもない場所へ連れて行かれます。気をつけてね、って」
 「承知いたしました」
 まんざら他人事ではないので日本人は慇懃に返事しておいた。
 「では、お兄さん、この子をちゃんとスクムビット通りまで送ってくださいましね」
 “ラチャダピセク行きのバス”と言ったのに、土地の子は在留邦人の住所はスクムビット通りという現地人の固定観念をあくまでも優先させる。どうせでまかせだから口ごたえもせず、
 「はい、はい。かしこまりました」
 と、もういっぺん恭しく答えた。潮が引くように、あたりは普段の活気ある放課後へもどった。
 だが、島崎の魂は、ぼんやりと原始仏教の彼岸に佇んでいた。そもそも“科学的な思考”というのは、人智がおよぶ極限を冷静に弁えようとする等身大の理性であって、想像の域を出ない仮説に無理矢理能書きを与えたり、頭ごなしに否定する増上慢のことではないだろう。誕生からわずか百万年、人類はまだまだ未開の生物である。宇宙のことだって、解明されていない謎のほうが、さしあたり理解できた事柄の数より圧倒的に多いのだ。
 いやしくも凡庸な俗物。わからないことは、わからない、で、とりあえず納得しておけばいいのかも知れない・・・。
 かくべつ沈着冷静な性格というわけではなかったけれど、不可解な出来事の場数ならあまた踏んでいる男は、未曾有の局面に臨んでも、順応が滅法早かった。こんな風に感動を後回しにしてしまえるのは、もはや特技の領域である。あるいは、こんな要諦こそ、バンコクという魔都で異邦の無頼漢が生き残る必須条件かも知れなかった。
 「お姉ちゃんの名前は?」
 「さえき、ゆうか」
 島崎の口調からは淀みがとれていた、
 「バンコクに誰か知っている人はいる?」
 マニュアルめいた問いかけに有佳は黙って首を横に振った。
 「そいつは弱ったなあ」
 一瞬間、意思決定に戸惑った。前代未聞の異常事態ではあるが、こんな場合、ひとまず日本領事館に出頭し、邦人保護担当官に対処を押し付けてしまうのがいちばん無難な手続きであろう。ところが現下の島崎には、おいそれと邦人保護担当官に面会を申し入れることができない事情があった。だからと言って、アソク通りの領事館の前に有佳ひとりを置き去りにして逃げるというやり口は、自尊心の残骸が邪魔をして実現できそうもない。気がかりはそればかりではなかった。時代の壁がある。有佳はまず幼い狂女として扱われるだろう。しかし驚天動地の経緯が明らかになるにつれて軽薄なマスメディアが騒ぎだす。アナクロニズムの申し子は、さだめし物見高い世人の好奇の対象となることだろう。昭和の女の子にとって、平成のマスコミはあまりにも無神経で酷薄な怪物だった。サイアム新報のアルバイト記者は、基本的にジャーナリストと呼ばれる人種を信用していないのである。
 模範的な方法とは思えなかったけれど、自分自身で同級生を回収してしまうのがいちばん妥当な措置であるように思われた。善後策など、有佳の精神が安定したあとでゆっくり考えればよいのである。つとめて善人らしい猫なで声でサングラスの男は言った、
 「サエキさん。いつまでもバス停でこうしていても仕方がない。ひとまず、僕のアパートへおいで」
 陳腐な誘い方だった。そこはかとなく、アダルトビデオで観た男優の下手糞な演技を連想して、ささやかな自己嫌悪をおぼえずにはいられなかった。しゃべりながら様子を伺った。どんな状況に置かれようとも、島崎が記憶している有佳は、決して見知らぬ男について行くような娘ではなかった。それなのに有佳はもじもじ思案した挙句、おもむろに立ち上がった。眼差しが、胡乱な男の“ナンパ”を受け入れていた。不器用な少年が勝手に作り上げていた貞節な少女のイメージは、あっけなく裏切られたわけである。しばし嫉妬めいた幻滅が島崎の胸中でさざめいたが、悠長な文学論を推敲している場合ではない。ひとかたまりの車団をやり過ごし、空車マークが赤く表示されたタクシーを拾うと、有佳を先に潜り込ませながら島崎は運転席に声をかけた、
 「ラップラオ通りのソーイ64へやって下さいな、兄さん」
 現下、もっとも妥当な行き先だった。ラップラオ64小路には、どのみちシロムから向かっていたアパートがある。よれよれのサファリを着た初老の運転手は無言で頷き、メーターのスイッチを押した。タクシーは真新しいカローラのセダンだったけれど、異国の景色が異質感をだいぶ希釈しているらしく、かくべつ車に興味がない女の子は見慣れない車種にも反応を示さなかった。
 ただ、はげしい体操をした直後のように、有佳は力無くシートに沈みこむ。赤いリュックと同じ色の水筒には、マジックインキで[冴木有佳]と書いてあった。母親が書いたらしく、大人の女の神経質な字体だった。しかし、その傍らには、真新しいピンクレディーのシールが貼られていた。島崎も有佳の姿勢にならった。次のラウンドにのぞむボクサーのように、シートに深く身を沈めると、晴れかけた記憶の霧の向こう側から、給食当番の割烹着をまとう有佳が言った、

 ・・・・

 「康くん。風邪ひいてるんだったら、ちゃんとネギも食べなよ」
 有佳はいつも島崎を見下して、そのくせ甘えた調子で、説教を垂れる。給食のメインデッシュはすき焼きだった。きらいな長葱をのけてくれ、と面倒な要求を突きつける声変わり前の島崎康士はマスクを外し、かすれた大声を張り上げた、
 「大きなお世話だ。おれはネギがきらいなんだよ。クソババア」
 小学六年生のわりに冴木有佳は背が高く、少女漫画に出てくる鼻持ちならないお嬢様のブルジョア風ヘアスタイルをそっくり踏襲し、おまけに顔立ちも大人っぽい。省みて、背の低さに劣等感をいだく島崎康士にしてみれば、“中学生のオバサン”みたいな有佳の容姿そのものがいつも癪の種だった。にもかかわらず、つんと澄ましきった貌立ちの少女はなおも怯えたようなか細い声色で、
 「でも」
 と、煮え切らないまま食い下がり、
 「きらいでも、ネギを食べないと、風邪、いつまでもなおらないよ」
 媚びを含んで、あくまでもお為ごかしの能書きをのたまう。
 「うるせえんだよっ、ブス!」
 理屈はない。康士にしてみれば有佳は徹頭徹尾うとましい娘だった、
 「おまえみたいな臭い女が給食当番なんかするんじゃない!」
 へアスプレーの匂いかも知れない。いつも少女にまとわりついている香料もまた、野良犬めいた嗅覚を頼りに生きる少年にとっては腹立たしい敵以外の何物でもなかった。
 「そんなのは迷信だ。農協の陰謀だ。よし、わかった。これから冴木のあだ名を“ネギ”にしてやる。おれはどっちも大嫌いだ」
 小学校では入学したあと二回のクラス換えがあった。ところがあらゆる学問に背を向けていた少年・康士は、いつも品行方正な優等生・有佳と同じクラスに編入されていた。これが不愉快の土壌になった。四年生から五年生に昇級する時などは、ちょっとお気に入りだった可愛い女の子とは別々の学級にされてしまったのに、この“くされ縁のオンナ”とはまたもや同じ教室で顔をあわせている。こうなると、教師の小細工を疑いたくもなる。罪がないとは知りつつも、面当てに差し向けられた相手に、当座のむしゃくしゃを叩きつけたくもなる。有佳が盛りつけたすき焼きをつっけんどんにバケツの上で引っくり返し、康士はさらに悪態をついた、
 「死んでもネギ女のホドコシは受けねえよ、べらぼうめ」
 男には、たとえひもじくても意地を張らなくてはならない局面がある。たとえばかばかしい見栄や虚勢であろうとも、自分に対して曲げてはならないルールがある。そのためには、孤立だっていとわない。少年の言葉で、いつも康士はそんなふうに弁えていた。
 追いすがる早熟な少女の恨めしげな目線を振り払い、依怙地な少年は他の級友たちの非難がましい視線を一睨みして振り払い、席に着くとひとり「いただきます」の号令をまたずに、一品欠けた給食を凶暴な態度でガツガツむさぼり食った。

 ・・・・

 モノクロームの回想が途切れても、傍らで俯く有佳の繊細な容貌は変わらなかった。
  ___冴木有佳って、けっこういい女だったんだ・・・
 理知的で控えめな仕草がすっきり板についた娘の横顔は底冷えするような哀愁をたたえていた。こんな彼女の風情は、不可解な体験と関わりがない。教室で算数の数式が並ぶ黒板を眺めている時も、いまと同じ顔をしていた。変わったのは、そろそろ中年の坂にさしかかろうとしている男の主観のほうだった。
 「すみません、おじさん」
 少女は突然そわそわしはじめ、思い余って、変わり果てた同級生にいった、
 「きょう臨海学校に行くの。バンコクに来ちゃったこと、だれかに連絡しないと」
 有佳の失踪事件が海の移動教室へ出発しようとする朝に起こったことを、ようやく島崎は思い出した。
 ―――千葉の海岸に行くバスは発車しないんだよ・・・永遠にな
 喉まで出かかった、過去の時間に置き去りにされている学校行事の顛末を、島崎は力をこめて呑み込んだ。いつも几帳面な女子児童が集合時間になってもなかなか校庭に現れず、引率の教師たちが右往左往したあげく、出発が滞り、やがて彼女の行方不明が暗澹と現実味を帯びてくるにいたって、多くの児童が楽しみにしていた学年行事は幻になった。
 「みんなを待たせちゃうといけないから」
 異常な体験をしている実感がまだ湧かないせいかも知れないけれど、この期に及んでも尚、有佳の性質は生真面目で、誠実そのものだった。すでに存在していない同級生の面影に、しゃかりきになって気を使っている。中年予備軍の主観としては、自己中心的な泣きべそをかくくらいの可愛らしさが欲しいところだった。
 「いま、二時半だよ」
 島崎は力強く腕を伸ばしてアナログの腕時計を見せた、
 「東の日本との時差は二時間だから、東京は四時半だ。いちばん日が短い季節だから空はとうに暗くなっているよ」
 「日がみじかい?・・・いま五月なんだから逆よ。いちばん日が長い季節でしょう?」
 「十一月だよ。まぁ、バンコクは暑いから、あまり季節感がないけれどさ」
 「でも、日本は五月なのよ」
 初夏の身だしなみの有佳は、泣き出しそうな面持で食い下がる。
 「カレンダーはタイも日本も、中国やネパールだって、世界中どこも同じじゃないの?」
 「・・・」 
 社会科もオールマイティな有佳にとっては得意科目のひとつだった。わかりにくい言い回しをする皮肉屋の屈折したユーモア感覚までは咀嚼しきれなかったけれど、常識はある。
 「タイはいま、仏暦二五四〇年十一月二十七日午後二時三十三分」
 「十一月二十七日!・・・どうして?}
 刹那、言うまいか、と残酷な宣告に悩んだけれど、どのみち正確に伝えなければならない有佳の“現在位置”である、
 「日本のほうは、平成九年十一月二十七日午後四時三十三分です」
 聞きなれない元号が少女をあからさまにうろたえさせた、
 「へ、いせい、九年?」 
 「キリスト教の暦は一九九七年。あと四年で夢の二十一世紀がやって来る」
 「・・・」
 大人の悪い冗談に小さな常識人は口をつぐんだ。
 突然、男の腰のホルダーで“トランシーバー”が「ローレライ」のメロディを奇妙な電子の節回しで奏でた。有佳には、きっとそんな風に見えたに違いない。島崎は携帯電話のちいさな液晶パネルを一瞥する、
 「チッ、鈴木の外道だ」
 下世話な架電者に舌を鳴らすと、
 「もしもし、島・・・」
 と名乗りかけ、
 「すまん、いま取り込み中。気が向いたらあとで折り返す。さようなら」
 と、一方的に言い放って電源を切った。鈴木隆央から近々折り入って密談したいことがある、と言われていた。おそらくはその関連であろうが、当面はどんなに凄い儲け話でも見送らなければなるまい。たとえ億単位のあぶく銭を取り逃しても、いまは有佳のほうが大事だった。ただでさえ忙しい時期だったが、ここで桁外れに厄介な仕事を抱え込んでしまったわけである。とは言うものの、彼女にとって、よい印象などあろうはずもない悪ガキの未来像は、早々と自分の正体を被害者に気取らせる勇気もない。誤魔化しついでに切ったばかりの電源ボタンをもう一度押して“未来の小道具”を差し出した、
 「サエキさん。どうぞ、これで学校なり自宅に連絡してください。市外局番の頭の0は外すこと。日本の国番号は81。国際通話の001も忘れずに」
 過去に尾を引く後ろめたさは、いやがうえにも、やくざな男に敬語を話させた。膝に載せられた携帯電話を有佳は身構えて忌避したけれど、それでもおそるおそる手にとって、
 「これ、トランシーバーでしょう?日本まで電波が届くの?」
 「失礼な。れっきとした電話ですよ。そりゃ、いま時分日本で普及しているコンパクトな機種に比べたら、いかついし、ちょっと旧式に見えるでしょうが、フィンランド製です」
 「日本で?見たことないよ、こんなコードのついてない電話機」
 有佳は、目を破杏形にした。良いタイミングだった。島崎は踏み込んだ、
 「いまは五月、って言っていたけれど、サエキさんは何年五月の上水遊歩道からここへ来たわけ?」
 手探りで自分の存在をたしかめるように、頼りなく有佳は答えた、
 「昭和五十二年五月二十六日」
 「五月二十六日!・・・どうして?」
 島崎はいちおう驚いてみせた。大げさに頷いて、
 「そりゃ約二十年以上も昔だ。つまり、サエキさんは未来の外国に来たんだよ」
 無理なからぬ話しだが、初めて目にした携帯電話を掌に持て余す有佳は、何も反論できなかった。この二十二年間、彼女が生還した、というニュースは聞かされていない。島崎は帰納法で考えた。冴木有佳は現時点から人生を振り出さなければならないのだ。さすれば、強引な詰め込みであっても、これから彼女の時間的空白を埋め合わせていく必要があった。
 面持を厳かにあらためて、手始めに、「へいせい」の謂れを告げた、
 「昭和は六十四年の七草の明け方に天皇陛下が崩御せられて終わった。それで、きみも知っている皇太子殿下が今上帝に即位あそばされて、元号は平成と定められた
 小難しい予言と受け取られたかもしれない。それでも何を感じたのか、有佳はおもむろに身震いして、唇を半開きにしたまま男の横顔をじっと見上げていた。

 突拍子もない出来事に鈍化したバンコクの街は、ふたりが乗ったタクシーを無感動にやり過ごす。不況のせいで愛車を手放す人間が増え、一頃は世界最悪の交通渋滞都市とまで言われた天使の都は、生き残った車をスムーズに走らせてくれるほど寛大になっていた。
 片側一車線。風化しかけた打ちっぱなしのコンクリートが軒を連ねるスティサン通りをひた走り、ラチャダピセクの交差点を過ぎると、軒先にアヒルの丸焼きを吊った食堂がわずかな区間に集中して並ぶ。まだオフィスアワーなので、どの店も閑散としているけれど、あと二三時間もすると勤め帰りの連中でにぎわう一角だ。突発的な海外旅行に抛り出された有佳は、グロデスクなアヒルより、ガラスケースにぎっしり詰め込まれた地元の野菜、たとえば大きなキュウリや小粒のトマトを物珍しそうに眺めていた。
 しかし、車窓の景色はすぐ緑に包まれた閑静な趣の住宅街へ切り替わる。スティサンとは道一本だが、バナナやマンゴーといった実用的な庭木が目立つここいらへんに来ると、町名がホワイクワンからバンカピになり、道路も名称をラップラオ・ソーイ六十四にあらためる。樹間の一本道をしばらく進むと、おもむろに空がひろがり、ありふれたアーチ型の小橋が現れる。橋の下には重油のような黒い腐水をたたえる狭い運河が横たわり、朽ちかけた木造の桟橋ではスピードボートを待つ客が数人たむろしていた。
 橋を渡ると、右手に白い外観の四階建てアパートが見えた。
 「チョーッ、ドゥアイ!」
 アパートの手前で島崎は、“停まってくれ”といった。
 「ニィ、ア?」
 運転手が “ここか?”と、問い返す。
 「チャイレーゥ」
 島崎は頷いてから言語モードを切り替え、拾ったばかりの少女に告げた、
 「ゴールデン・ゲート・アパートメント。くだらない名前だが、スピードボートが来る時以外はまずまず閑静な環境です」
 と、だだっ広い野原に孤立した住家を紹介した。
 アパートメントの一階部分は、この街の集合住宅の常として、食堂と美容室のテナントが入っているほかはすべて駐車場に供さている。退屈そうにしていたガードマンが漫画本を机に伏せて、人懐っこく挨拶した。
 「ごきげんよう、チマ兄さん」
 もちろんガードマンはただちに見慣れない日本の少女に興味を示した、
 「ルークサオ、娘さんですか?」
 「私はまだ三十三歳だよ。こんな大きな娘がいてたまるか。ランサオ(姪)、姉貴の娘」
 当面、この方便を数ヶ国語に翻訳しながら貫くことにした。レセプションのカウンターには、華人正月から十ヶ月余り貼られたままの「恭喜發財」なる金泥文字がおどる朱色の紙があった。人影はない。三流アパートだから従業員の常習的な職場放棄は詰れなかった。
 「日本のアパートとは勝手が違っていてね」
 先刻のガードマンを呼ばわり、部屋の鍵を受け取ると、階段をあがりながら島崎は背後の有佳に言った、
 「たとえばこのアパートでは外出する際、部屋の鍵を小生意気なホテルみたいにフロントへ預けなければならない」
 「でも」
 小さな同行者は、ませた面持で問い返す、
 「どのドアにも南京錠がぶら下がっているよ」
 四階の角部屋の前で南京錠を外し、受け取った鍵をノブに挿し回しながら部屋の主はあたりまえのように答えた、
 「誰もアパートの管理態勢を信じちゃいないんだよ」
 「へんなの」
 カルチャーギャップに注意が向けば、発狂の懸念は遠ざかる。異国という環境が、“時差”のクッションになって有佳の恐慌をずいぶん和らげているらしい。いくぶんか落ち着いてきた様子だった。島崎が寝起きしている白いタイル貼りの部屋は、足を踏み入れるとくぐもったニコチンの匂いが鼻を突く。日本の単位に換算すると二十畳くらいある。床にコーラの空瓶が転がっていたりして整理整頓とはまるで縁のない部屋だったが、家財自体がすくないため、乱雑さはあまり感じられない。アパートの備品は大人四人が並んで寝られるほどの大きなベッドと、半分が建て付けになっている衣装棚、簡素な藤製の応接セットと鏡台兼用の机がある。安っぽいオーディオセットや埃をかぶったテレビとビデオ、それに冷蔵庫は私物だった。
 「自分は観ないけど、テレビがぶっ壊れていなければ、このアパートにはスターTVが引いてあるから夕方五時には日本国営放送の“七時のニュース”が観られるよ。それから、シャワーとトイレは奥のドア。キッチンはバンコクでは贅沢品。このクラスのアパートにはついていないのが普通です」
 「アパートに住んでいる人たちは自分でご飯を作らないの?」
 「ご飯とかは、作らない」
 「ご飯とかは、って?」
 〜とか、というのは平成語だった。
 「つまり、自分たちではご飯を作らない」
 会話がすこし円滑になったかも知れない。
 「外食するか、店で自分が食いたいものを買ってビニール袋で持ち帰る。この個人主義は小学生だって例外じゃないよ。みんな学校帰りに好き勝手な晩飯を買って来るんだから。 ま、ここなら他に階下のまずい食堂から出前をとって飢えをしのぐ方法もあるけれどな」   
 「家族が揃ってご飯を食べないの?」
 「家族って何だっけ?そんな昭和語は忘れたよ」
 低い雑草が茂る南側の空き地に面したベランダへ出ると島崎はとぼけて言い、プランターに水をやる。日本の大粒トマトが青い実を、ひとつだけ、つけていた。毎週日本とのあいだを二往復している知人から貰ったトマトの苗木は、祖国を追われた亡命者に、故郷のかおりをつたえる唯一の同居人だった。
 「いずれにしても、オジサンはめったにここへは帰ってこない。サエキさんはまず、ひとりで飯を食えるようになってくださいな」
 「うん。そうする」
 ひょっとすると、有佳ははじめてサングラスをかけた胡散臭い男の安堵しきった横顔を垣間見たかも知れない。
 「そう言えば、十一月のバンコクというのは東京の五月下旬と同じくらいの気候だな」
 ベランダから西に傾いた太陽をのぞみ、島崎は独り言のように言った、
 「そろそろ雨がまったく降らない乾季になる。朝夕はしのぎ易い季節だ」
 パッポン通りで追い込みをかけた数日前の夜に降ったのは、あたかも有佳が出現する予兆のような雨だった。
 「季節が日本と違うんだね」
 「ああ。大きく分けると雨季と乾季のふたつしかない。それでも乾季の後半、つまり三月と四月は一番暑いから暑季と呼ばれることもある。旧暦の華人正月を過ぎるとだんだん暑くなるんだ。五月以降は半年の雨季。タイ中部地方の場合、前半がスコール中心で、八月過ぎの後半は洪水がじわじわ押し寄せてくる季節とされている」
 如雨露を片付け、島崎は鳥越と昼食をともにしなかったことを思い出した、
 「腹が減ったな。サエキさんは大丈夫?」
 バスがウィバパディ通りに曲がったりしなければ、今ごろソーイの入り口でアヒルでも食べていたはずだ。
 「お弁当ならあるよ」
 有佳は淀みなく答え、リュックから大きな包みを取り出した。
 おにぎりが6つもはいっている。
 有佳がこれほど大食いとは知らなかったので島崎は索然と面くらった。
 「ずいぶんたくさん食べるんだね、冴木さんは」
 言いながら、鮭のはいった一個を素早く失敬して、頬張った。正真正銘の日本のコメは旨かった。そして昭和のコメだからか、実際、懐かしい味わいだった。自らもひとつを手にとって、有佳はいった、
 「あたしの分はふたつでいいの。いつもお弁当が足りないっていう男の子がいて、その子が取って食べるから、いつも余計につくって持って行くの」
 「なんだそりゃ?山賊みたいなやつだな」
 記憶の壁がまたひとつ、音を立てて倒れた。
 懐かしい味のはずである。いつも有佳からおにぎりを取り上げていた山賊の名前は、島崎康士といった。
 「まずいでしょう?」
 と訊かれて、涙が溢れそうになった。
 他でもなくそれが、彼女の、理不尽な悪ガキに対する控えめな常套句だったからだ。
 握り飯を頬張る島崎は、二十年余りのあいだ、自身につき続けていた嘘に気が付いた。臨海学校の朝、冴木有佳が煙のように失踪して、いちばん衝撃を受けたのが誰であったか、彼はよく知っていたのだ。
 くされ縁の女、というのは自己欺瞞だった。
 長じて知識にとりこんだ恋愛感情という代物には縁遠かったけれど、幼いなりに、康士にとって有佳とは、同い年の反抗期にさしかかった息子を見守る母親のような、得がたい異性の友達だった。内心、彼女を憎んでなどいなかったけれど、四年生のころから、“康くん”と呼ばれるたびに周囲の悪童から冷やかされるようになった。それが厭で、ことさら有佳を邪険に遠ざけようとしていたのだ。過剰反応というやつだ。だから、すぐにひとつひとつを詳らかに思い出せないくらい島崎には有佳と共有している風景がある。いま、彼女と一緒にいても何ら不自然さは感じなかった。おにぎりを四個食べ終わると、すべてが必然に溶け込んでいた。
 乾季とは冬のことだから、日没がはやい。
 木々のむこうのホワイクワン地区に赤い夕陽がさしていた。幅四間ばかりの運河を極彩色のスピードボートが、ひときわけたましいディーゼルエンジンの音をばたばた響かせて疾走していく。日本で廃車にされたトラックのエンジンは、四千キロの海をわたり、こうしてバンコクの水上交通を支えながら第二の人生を謳歌しているのである。
 何を考えているのか、時代と地理の孤児は頬杖をついたままだまりこくっていた。流石に、見知らぬ男にいそいそついて来てしまった自身の軽はずみをちょっとは後悔しているのかも知れない。利口な子だから、いろんな不安があっても不思議はない。
 「帰国の方法が思いつくまでここでのんびりするといい。すくなくとも、バンコクは日本人にとっちゃ住み良い街だしね」
 所在な気に、有佳は男を直視してうなずいた。
 「おれの生活パターンはめちゃくちゃだから、冴木さんも気にしないで自分のペースで適当に暮らしな。・・・というわけで、こちらは夕べ徹夜だったし、今日はいろんなことがあったので、もう寝ますよ」
 四人家族がいっぺんに雑魚寝できるようなベッドを有佳に明け渡し、島崎はタイルの床に棚から引っ張り出したレインコートを敷いて身を横たえた。


 深夜になって目を醒ました。
 有佳はベッドで寝息を立てていた。彼女の姿が消えていないことにほっとしながら、島崎はB5のノートパソコンをひらいて、電話線に接続し、インターネットの超常現象サイトめぐりをはじめた。
 検索したいのは、もちろん、「神隠し」である。そして、いくつかの事例を知った。
 時間の移動と言うと、江戸時代の近江商人、松前屋市兵衛の事例がある。
 或る晩、市兵衛は妻に、厠へ行く、と言い残して寝所を立ったまま失踪した。それから二十年経った或る昼下がり、厠から、妻を呼ばわる声がする。扉を開けてみると、二十年前とまるで変わらぬ市兵衛が、二十年前の夜更けに纏っていた寝巻きを着たまま、しゃがんでいた。寝巻きはたちまち風化してボロボロになってしまったが、市兵衛本人は至って元気だったという。
 空間の移動には、こんな逸話があった。
 ニューヨークのハレムに住んでいたサムという黒人少年は、友達とバスケットボールの練習に熱中していた時、突然肉体を透明化させて、消えた。午後三時のことだった。ところが同日、所変わって南アフリカ共和国のケープタウン。朝の巡回をしていた警察官が、九時をすこし回った頃、とある教会の門前でバスケットボールを抱えてうずくまるひとりの黒人少年を保護している。声をかけてみると、話す英語が地元の子供のものとだいぶ違う。少年はサムと名乗り、ニューヨークに住んでいると言った。アメリカの東海岸と、南アフリカの時差は六時間。つまりサムは一瞬のうちに大西洋を袈裟切りに飛んで七千マイルの距離を“移動”していたことになる。
 近年の日本でも、新潟の海で泳いでいた人が行方不明になり、二年後の沖縄の海に現れた、という事件があった。よくあること、などとはとても言えないけれど、有佳のような神隠しには、まったく先例がないわけでもないらしい。







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