* この物語はフィクションであり、登場する人物、企業、
団体、一部政府機関の名称は架空のものです(著者)。




第十七話




  元旦のウィバパディ通りは拍子抜けするほど空いていた。ほとんど信号に引っかかることもなかった。
 「まるで違う町に来たみたい」
 ソーイから一台のミニクーパが飛び出してきた。咄嗟にハンドル左に切って、島崎はフォレスターを常識とは裏腹に第一車線へ滑り込ませた。ミニクーパのほうは対向車線に大きくはみ出し、ノッキングして、再び加速した。
 「危ない運転をしやがる。サンデードライバーだとしても、乱暴過ぎる」
 「外人の男の人たちが笑い転げながら乗っていたよ」
 「すると、酔っ払い運転か?」
 正月だから、可能性はある。ミニクーパは前方を蛇行している。バンコクだから、不良外人の数は少なくない。
 「セマクテ」
 タイ語で宣戦布告すると、島崎はフォレスターを猛然とダッシュさせた。
 「ちょっと、やめてよ康くん。今年は穏やかに生きるんじゃなかったの?」
 「新年の抱負は、義を見て成さざるは勇無きなり、に変更する。旧年中はいつもご迷惑をおかけていたタイ警察の皆さんに協力的な外国人となるのだ」
 バッシングするが、ミニクーパは気がつかない。島崎はあらためてミニクーパの左側から追越をかけて、一気に幅寄せした。有佳も悲鳴をあげたが、酔漢もこれには面食らって急ブレーキを踏む。
 「ばかやろう。思い知ったか」
 「思い知っていないみたい」
 バックミラーで次第に大きくなるミニクーパのフロントガラスがはっきり見えた。有佳が言った通り四人の白人男が乗っていて、しかも全員が赤鬼の形相となり、フォレスターへ憎悪の眼差しを注いでいる。
 「日本人に歯向かうとは身の程知らずめ。なれば、余が撃墜してつかわそう」
 嬉しそうに舌打ちして、島崎は真顔にもどった、
 「シートベルト」
 「している」
 「目を瞑っていろ。いちいち悲鳴を上げられると、うるさいからな」
 タイヤが激しく軋んで、すさまじい遠心力が有佳の身体にのしかかった。島崎は怯えた様子をハンドル操作に刻み込みながら逃げ回った。狩猟民族の末裔たちは本能を刺激されて、愉快そうについて来る。こうして島崎はホワイクワン地区を大回りして、自身を猟師と思い込んでいる獲物を、巧みに思い描いたXポイントに誘導していく。ラップラオ通りには以前から陸橋がかかっていた。いまは改修工事のため建設車両専用になっていたが、元旦は無人だった。島崎は構わず陸橋を駆け上がる。ミニクーパも最大のトルクで追いすがってきた。前方の視界を確保する島崎の口元に笑みがはしった。言い付けどおりに両目を手で隠す有佳に運転者の陰険極まりない計略など、察知しようがない。突然島崎はサイドブレーキを力いっぱい引きつつ、右にカウンターを切り、スピンターンで愛車を停めた。陸橋が部分取り壊しで寸断している僅か一メートル手前だった。ミニクーパも前方の異変に気がついたらしい。凄まじいタイヤの悲鳴が響いたけれど、四人の白人男の身体は、小さな車に相当の重量負担をかけていた。容易に止まれない。路面を見失ったミニクーパは前のめりになって飛翔し、横倒しに集積されたコンクリート支柱の束へボンネットを突っ込ませた。
 「やったぞ、爺ちゃん。中島の戦闘機は平成の御世も健在だ」
 黒煙を背に、フォレスターは離脱する。口笛に『加藤隼戦闘隊』のメロディをのせながら、元旦らしく祖先に挨拶を済ませた男は、安全運転で来た道を引き返し始めた。
 「なにも本当に撃墜することないじゃない。あの人たちを助けないの?」
 有佳は自分を乗せている車の名前も、中島飛行機という会社も知らない。しきりに現実の情景にうろたえる。ところが孤独な語呂合わせに悦に入る男は、なおもモードを切り替えずにうそぶいた、
 「我が軍の出る幕ではない。敵機の搭乗員の救出は、自由タイのゲリラに任せておけばいいのだ」
 「お正月なのに、おまわりさんたち、不良外人に仕事を作られて、気の毒ね」
 「ああ。まったくだ」

 正午前に井坂のマンションに着いた。部屋に立ち入ると、日本酒の匂いが混ざるエアコンの冷気が流れ出した。出来上がっている先客がいた。
 「チャイムくらい鳴らせ」
 新年早々、井坂が怒鳴った。
 「どうして、おれが叱られるの?」
 力任せにドアのノブを引いた張本人は、しおらしく部屋の主に頭を下げていた。
 「あけまして、おめでとうございます」 
 「はい。おめでとさん」
 無礼者は島崎、と信じて疑わない社長はにこやかに、うら若いほうの年始客にお年玉を差し出した。
 「いやあ、素晴らしい。こんな外国で日本の人と一緒に正月を迎えられるなんて、有難いことです」
 先客は酒が進み、すっかりお屠蘇気分に浸っていた。井坂が紹介した。
 「こちら、今度、うちの六階で仕事を始めることになった杉浦さん。岡山市内で保険会社の支店長をされていた人や。四十歳になったのを機に、会社を辞めはって、先週バンコクへ移って来られたばかりや」
 人生の後半に差し掛かったサラリーマンが、一世一代の勝負に出ようと貯金や退職金を携え、タイへやって来るのは珍しい話ではない。
 「おまえは、お屠蘇も駄目なのか」
 「玄米茶をもらいます」
 無言で井坂は茶筒がしまってある食器戸棚を親指でさした。
 「あたしがお屠蘇をいただきます」
 割り込んだ有佳は、堂に入った態度で盃を受け取り、飲み干した。
 「ふむ。誰かさんと違って、立派なもんや」
 台所から島崎の笑い声がした。
 「ひどいね。これは雑煮と言うより甲州名物ホウトウだ」
 「やかましい」
 気を取り直して井坂はことわった、
 「女房が帰国している。餅は自分で焼いて、自分で入れや」
 女衆はどこの家でも里の水に引き寄せられているらしい。新参者の引き合わせを済ませると、家主は五百バーツ紙幣を数枚数えて半ズボンのポケットに仕舞い込んだ。
 「ツマミを買いにフードランドへ行ってくる」
 千鳥足で買い物に出かけていった。
 「杉浦さん。家族の人はどうしているの?」
 大人びた調子で、在タイ一ヶ月の有佳が二杯目の屠蘇を飲み干して訊いた。目が据わっていた。杉浦は年齢不詳の小娘に敬語で答えた、
 「女房と子供たちは実家の埼玉へ帰していますよ。ゴキブリが出たくらいで大騒ぎするんだから、ヤモリなんか見たら卒倒しかねません。ははは、しかし、この国のゴキブリは動きが鈍いですな。夕べ、ホテルで三匹、素手で捕まえましたよ」
 身振り手振りを交えて、杉浦は得意げにゴキブリ捕獲の様子を再現して見せる。そして、掬い取るように空気を鷲掴んだ。
 「きゃ」
 「わははは」
 有佳は信じられないといった悲鳴をあげる。ちっとも面白くなかったが、杉浦を孤立させるのも気の毒なので島崎は一緒に笑うことにした。
 「やだ」
 ほろ酔い気分がはじけて、有佳は嫌悪感もあらわに眉間に皺を寄せた。若い娘の顰蹙は、中年男にささやかな悔恨をもたらした。
 「じつは上の娘が小学六年生でしてね。中学に入ったらすぐ高校受験に備えなくてはいけません。特技があると有利なので、ただいま一輪車の曲乗りを特訓していますよ。・・・ちょっと失礼」
 もっともらしい理知的な言い訳を立てて、熱燗の補給に台所へ逃れる杉浦の後姿が見えなくなると、有佳は慎重な声色で島崎に訊ねた。
 「平成の六年生って、そういう受験勉強をしないといけないの?」
 「気にするな。親父がああいう変わり者だから、子供も前衛的なんだろう」
 有佳は首を傾げて独り言をこぼした。
 「ああいうお父さんと一緒にバンコクへ来なかったんだから、普通の人だと思うけれど」
 部屋の電話が鳴った。内線特有の発信音だった。島崎が出る。レセプションが新手の来訪者を予告した。
 「あれ、誰かと思ったら康士さんじゃないですか」
 やって来たのは、目鼻立ちのくっきりした、どちらかと言えばバタくさい顔立ちの青年だった。タマサート大学に留学し、インドシナ政治史を専攻していて三宅という名前である。二度か三度、小切手が発行される月末の備中興産タイランドで顔を合わせて世間話を交わした程度の面識しかなかったけれど、島崎にしてみると珍しく波長が合う相手だった。
 「しばらく見なかったけど、日本へ帰っていたの?」
 駆けつけ一杯、とばかり、三宅は戸棚に見つけた高価なブランデーを勝手に取り出し、一口飲んで、島崎に向き直った。
 「奨学金の更新手続きですよ」
 「そんなものを貰っているのか」
 「某政党の党首がやっている政策塾でしてね。普通の育英会じゃないから、月に直して十万円くらい出るんですよ」
 三宅が政策塾の派遣留学生というのは初耳だった。
 「いいな。おれも申請できないかな」
 「島崎センパイなら、書類なんか出さなくても濡れ手に粟でしょう」
 「まあね。その代わり、パトカーを呼ばれてしまうけれどな」
 時々日本から同時に複数の来客があると、井坂はこの若者を通訳兼接待係として、アルバイトに雇っている。六階の空きフロアを間借りする杉浦といい、この新年会は備中興産タイランドの日本人関係者ばかりの集いだった。三宅は空港から直行して来たらしく、厚手の長袖シャツをまくった腕で旅行鞄を引っ張り、小脇には見るからに暑苦しいダウンジャケットを抱えていた。
 井坂が大量の生ハムやソーセージを仕入れて戻ってきた。三宅は年始の挨拶もそこそこに、四角い風呂敷包みを押し出した。
 「はい、社長。心斎橋蝶風楼おせちセットのデリバリーです」
 蒔絵仕立ての派手な重箱に詰められた正月料理は、四千キロの空を飛んできた。領収書を鼻先に突きつけられた井坂は、床に置かれた緑色の瓶を横目で追った。
 「ブランデー代で帳消しや」
 「瓶の中身はオールドパーでしたが」
 「・・・近頃の若い者は、ほんま、可愛くない。年長者には、もう少し騙され上手で接したほうが出世するで」
 「内地ならそれもいいですが、バンコクで騙されていたら命取りになりかねませんからね」
 「そら、道理やな」
 日本円の持ち合わせがない井坂は、百ドル紙幣を二枚、三宅に押し付けた。
 「三宅ちゃんも関西人なの?」
 杉浦と話し始めた井坂を横目に、島崎はどこかがっかりしたように聞いた。
 「親父と離婚したお袋は大阪ですが、生まれも育ちも岩手の水沢ですよ」
 「ふうん。アテルイの里か。あすこは、いい所だ」
 今日日、東北地方の若者がしゃべる日本語のイントネーションは、東京の下町言葉が地になっている島崎より、はるかに共通語に染まっている。三宅は少し真顔になって続けた、
 「アテルイの里とは、只者じゃありませんね、康士さん。それじゃ、夕べ僕が身を寄せていたお袋の実家はどこだと思いますか?」
 「大阪か・・・まさか、枚方とか?」
 「泉南でした。いくらなんでも、そりゃ出来すぎです」
 蝦夷史にまつわるオタクめいたやり取りは、杉浦の拍子抜けした声色によって打ち切られた。
 「それはおかしい。日本企業の利益ばかり優先されているじゃありませんか。だいたい、援助は対象国の民衆のために行われるものでしょう?中国や北朝鮮とは体制が違うけれど、それでも納税者は人道的な見地からODAを認めているはずですよ」
 井坂たちは、ODAの話をしていたらしい。
 「しかしな、杉浦はん・・・」
 十九、二十歳の女学生ならいざ知らず、これからバンコクで事業を始めようという大の男の口からこうした建前論を聞かされると鳥肌が立ってくる。島崎がいつもの毒をはらんだ調子で解説しようとすると、一足先に若い三宅がしゃべりだした。
 「国家の主義主張は関係ないの。いいですか、ODAとして支出された国費は、日本を出るまで厳格な監視の下を流れて行きます。ここでは如何に有力な権勢家であっても、チョロマカシは効きません。しかし援助先の国庫に一旦納まったら、カネの使い道はその国任せ。キックバックはそこで初めて抜き取られる。つまり、ロビイストにとっては、援助先がきちんと出鱈目を実行してくれる国かどうかが重要なのです」
 酒が入っているせいか、三宅の説明は乱暴だったが実態を的確に把んでいる。島崎が発言しても、ほぼ同じ結論に落ち着いたことだろう。たしかに、普通のタイフリークが高じた留学生の類ではなかった。若い外観に似合わず、冷ややかに笑う三宅の体臭が、島崎には気になった。
 三宅と杉浦のやり取りがしばらく続き、島崎と井坂は、有佳に倣って聞き手に回り、やがて飽きるとテレビを見始めた。
 「では、井坂さん。私どもはこれにて」
 杉浦が三宅と連れ立って出かけようとしている。
 「なんや。もう、帰るのか」
 子供とはいえ有佳の耳が気になるのか、杉浦は井坂に耳打ちした、
 「三宅さんがいい所へ案内してくれるそうですので」
 すると三宅は自分の荷物を指して屈託なく笑った。
 「あとで取りに来ますから、置いておいてください」
 「風呂屋で姫初めするのやったら、はっきり言ったらええのや」
 逃げるように二人の男は飛び出していった。
 「奨学金をそんな使い方しているとは、とんでもねえ留学生だ」
 三宅をからかいながら、島崎は不遜な留学生の出身地である岩手県というのが気になった。岩手は、かつて保守政界を切り盛りした挙句、自ら新たな政党を立ち上げた大物代議士の地盤である。社会主義革命を標榜する政党とは関係があるとは思えなかったが、保守政党に対する不信感を隠そうとしない三宅に奨学金を支給している政策塾というのは、おそらく、件の代議士の肝いりで始まった若い政治家の養成機関であろう。この類推は、大阪という曖昧模糊とした地名から、坂上田村麻呂に敗れたアテルイが首をはねられた土地に三宅の母親の家を重ねようとする当てずっぽうより、精度は高そうである。
 「ずいぶん静かになりましたね」
 有佳が玄米茶がはいった湯呑みを三つ運んできた。
 「三宅くんはいいタマだが、あの杉浦さんって人、大丈夫かな」
 茶を啜りながら島崎が言うと、井坂も湯呑みを手にとり、涼しげに言った。
 「どうあがいてみたところで、蝸牛角上の争い、というやつや」
 他人の明日を気にしても始まらない。
 「なんか、つめたい」
 有佳が口を挟んだ。これを受けて、井坂は淡々と言った。
 「外国で一旗上げたい、と思うのは自由や。うまくいくか、いかんかは別として、何もせずに後悔し続けるより、とにかくいっぺん動いてみてから是非を判断したほうがええ。わしはそう考えているから、杉浦さんに出来る限りの協力をしたまでや。あとはあの人自身の度量次第やな」
 フローリングの床に寝転がり、エビを殻ごと口に放り込みながら島崎が後を受けた、
 「じゅうぶん暖かいよ、この狸親父は。普通なら、ああいう世間知らずが二千万くらいの小銭を持ってやって来たら、おれみたいな悪いのが、口八丁手八丁を駆使してだな、二三ヶ月で骨の髄までしゃぶり尽くしてしまうもんだ」
 井坂も島崎を真似て横になり、残っていた黒豆を一口で平らげた、
 「せやせや。普通なら、この低脳恐喝屋みたいに、わざわざ手口を明らかにしないで、気が付いた時にはやられている、というケースが殆どやな。地回りのワルに目をつけられる前に、同じ日本人に食われてしまう」
 ひとり、正座する有佳は左右に転がる男たちの首を見比べた。
 「それが、生存競争なの?」
 井坂と島崎は目線を合わせて、やつれ果てたように笑った。
 「人間は業が深い生き物なんだよ。取り澄ましたことを言う資格があるやつなんて、この世にはひとりもいないから・・・忘れるな」

 正月休があけると、島崎の周辺はふたたび忙しくなってきた。  バンコク市内を縦横無尽に網羅するバス路線は、政府交通局でも、その数を正確に把握していないというのが実情である。巷説によると、エアコン、ノンエアコン、緑色のミニバス、高級志向のマイクロバス、その他素性の知れないもぐりバスを含めたルートは、約三百系統から一千系統ほどあるらしい。じつにおおらかな数値の幅と言わねばなるまい。そんなカオスのバス路線網が点呼するように収斂しているのが、戦勝記念塔のターミナルだった。
 排気ガスをたっぷり含んだ熱風が顔面に押し寄せた。
 「おいっ、待った。降りるぜ、兄さん!」
 座席で居眠りしていた島崎は、はたと目を開けると運転席に声をかけ、走り出しているバスから飛び降りた。戦勝記念塔のロータリーに面したデパートに、ミリタリーグッズを扱うテナントがあった。何年か前に日本の青少年のあいだで大流行したというバタフライナイフが最近の売れ筋らしく、正面のショウウインドウには脈絡のないナチスの旗といっしょにそれらが陳列されていた。アメリカンポリス仕様の手錠がずらりと並んだコーナーは、そんな店の最も奥まった一角だった。応対に出て来たのは、頭を赤いバンダナですっぽり包み黒皮のベストを素肌にまとう、見るからにいかれた五十男だった。
 「ごきげんよう、お客さん。ワッパかね?きのう、ノースダコタ州警察の本物を入荷したけれど、やっぱりカリフォルニアのほうが物はいいね」
 年齢を見れば、ステファニーと同期の「ベトナム戦争組」でないのは一目瞭然だったけれど、この体格がよく、極端に顔の彫りが深い親爺もファランの血を濃厚に引き継ぐ混血タイ人だった。第二次世界大戦のあとこの国に進駐したイギリス軍将兵の落とし種であろうか。しばしば戦乱の中で台風の目のような立場に置かれるタイは、生地主義を原則としながらも、遠い異郷の族譜に連なる国民を大勢抱え込んでいる。
 「親爺さんのお勧めは?」
 「一九六〇年代に製造されたロス市警のやつが最高だな。鎖の焼入れ加減が絶妙だよ」
 どこの国にもこの種のマニアはいるものだ。もっとも黒いTシャツと同系色のフィッシングベストやパンツ、それにジャングルブーツで身繕いした日本人を“仲間”と見なす男に落ち度があるとは言い難い。手早く用事を切り上げたいので、島崎は友好的な相手の話しの腰を折った、
 「どれでもいいんだ。実用的なやつを、一個くれ」 
 披露しようとしていた豊富な薀蓄を袖にされ、店の経営者とおぼしき親爺は大いに興醒めした。にわかに不機嫌になり犯罪者予備軍を学術的に鑑定する眼差しで睨み、
 「あんた、ここで手錠を仕入れて、一体何に使う気だね?」
 と、尋問をはじめた。マニア心を逆撫でしたのは軽はずみだったかも知れない。いちいち答えなければならない筋合いでもなかったけれど、大事の前の小事、穏便に片付けておくに越したことはない。さりとて本当の用途を言うわけにはいかなかった。
 「大きな声じゃ言えないが、ワイフがせがむのですよ。つまり、彼女は自分の手にこいつをかけて、ナニをしてほしいんだって」
 口からでまかせ、しかし変態女に指名されて柳眉を逆立てるステファニーの顔が思い浮かんだ。
 「すみませんねぇ、不純な購入動機で」
 妻の地獄耳の才能を認めないわけにいかない島崎は、ことさら声を潜めていった、
 「なるほど」
 さして傷ついた風でもなく、それでも親爺は神妙に頷いた。
 「最近はそんな趣味のお客も大勢来るようになった。まあ、いろんなケースがあるわけだが、確かにワッパをつけてのナニはこたえられないものがあるよね」
 そう言う親爺自身の太い腕にも、あきらかに夕べのものと判る縄目の痕がくっきり刻みつけられていた。ミリタリーショップの経営者は、多彩な趣味人の顔を持ち合わせているらしい。
 「あはは。まったくだ。ブラボー。今度、おれも、試してもいいかな」
 客でありながら店主のご機嫌を取り繕い、仕入れた手錠をベトナムズボンのポケットに捻り込むと、島崎は危険な雰囲気のショップを足早に後にした。次に目指すは、ロータリーからさして遠くないプラトゥナム地区の、アパート街である。

 前の晩、島崎はペッブリ通りのソープランドにしけ込んだ。
 淡いピンクの蛍光灯に照らされたガラス張りの雛壇にずらりと居並ぶコンパニオンの中から、とくに丸みを意識してひいた薄い眉の女を抽出し、唇をやわらかく閉ざしたひとりを相方に選んだ。輪郭がくっきりした直線的な黛が大勢を占める場所で、彼女はいささか幼げで、若く見えるけれど、瞳の沈み加減から判断して二十代の後半か、あるいは三十路の坂にさしかかったあたりと見なしていい。
 カウンセラーと呼ばれる男のフロア係に取り持ちを頼んだ。
 「日本人か、あなた?」
 料金を払い、上階の個室へ通じる狭い韓国製のエレベーターにふたりきりで乗り込むと、眦の小じわを隠そうともせず、女は日本語で言った。
 「わあ、びっくりした!姐さん、あんたは日本語がしゃべれるんだね」
 心の内で鑑定結果に満足しながら、島崎は気まずそうにうろたえてみせた。狭いエレベーターの中で女は男の胸にしなだれかかる、
 「きょうのわたし、まだ処女よ」
 熟成された軽口だった。“投資”は無駄にならなかった。化粧といい、仕草といい、相手をリラックスさせる心遣いといい、この女は、日本の男に可愛がられるコツを心得ていた。それに決して若いとは言えない年齢を加味すれば、取りも直さず、日本へ行った経験がある、という意味になる。手早く行為を済ませると、島崎は単刀直入に訊いてみた、
 「きみ、日本へ行ったことがあるの?」
 早すぎるお客に警戒心をいだく娼婦はあまりいない。子どもをあしらうように、女はあっけらかんと答えた、
 「名古屋の宝観光ってタクシー会社の運転手と“ウソ結婚”して日本へ行ったよ。名古屋のあと、福井、それから長野な」
 日本の男はバンコクの花町で非常によくもてる。だが、ちやほやされる当事者たちはわかりきった重大な思い違いに気がつこうとしない。女たちが愛するのは、さしあたって男の財布の中身であり、とかく利用価値がある日本国籍というブランドの含み資産だった。
 彼女が口にしたタクシー会社の一件なら島崎もよく知っていた。独身の社員が集団で女たちに戸籍を提供した事件でよく知られている。日本側の確信犯たちは、ずいぶん前にほぼ全員が愛知県警に検挙されている。
 「長野冬季オリンピックのインフラ工事じゃ、東京にいたタイ女もずいぶん遠征しているよな。飯場のオッサンたちは金払いがよかったろう」
 「そうでもなかったよ。ショートで二万円、街と同じ。泊まりはほとんどなかったしね」
 そして女は遍歴の物語を締め括る、
 「長野からまた名古屋のお店に戻って入管に捕まったよ。日本の入管、心(性格)わるいな」
 そりゃ、あんたたちみたいなのがいるからだろう・・・と揶揄したくもなったが、淡白な男は神妙を保ち、ややこしい議論への脱線を避けた。
 「お金は貯まった?」
 皮肉な問いかけに女は自嘲する、
 「オートバイと家は買ったけど、タイに帰っても、また同じ仕事よ」
 おおかた、日本での稼ぎは、彼女たちを追ってきたタイ人ホストに貢ぐか、仲間同士のギャンブルで擦ってしまったのだろう。ありがちなパターンである。
 「また日本へ行きたい?」
 「行きたいよ。でも、借金、たくさんしないと行けないな」
 そして付け足した、
 「あなたの会社、“ウソ研修”は、ないの?」
 企業の書類を取り付け、贋の社員研修で日本へ潜り込む方法がさかんに用いられたのは、平成七年から八年にかけてである。もう、そんな見え透いた遣り方ではビザはおりない。ふと、はじめて井坂と顔を合わせた日の状況を思い起こしながら、島崎は諦観をこめた面持で言った、
 「入管のブラックリストに名前が載っちゃうと、もう査証なんて取れないね。日本は厳しいからさ」
 安いソープランドなので、戯れに与えられた時間は一時間半である。残り時間は限られていた。島崎は、やおら顔に険を浮かべ、言葉を日本語からタイ語へ切り替えた、
 「じつはおれ、新宿で“売りセン”の店を経営しているんだ。ところがこの前、ずっと取引していたタイ人のエージェントとトラブルがあった」
 島崎にしてみれば、善良な日本人観光客を演じるより、こちらの嘘のほうがラクだった。
 「あろうことか、来てまだ三日目のコドモを三人、トバシやがったんだ。身代金は、ひとりにつき三百四十万円を支払っているから、都合一千万円の丸損だよ」
 “コドモ”というのは、ひとえにインドシナばかりでなく、南西アジアから中国大陸の出身者を包括し、あらゆる密航の主役を指す、汎アジア的な業界スラングである。醒めた眼差しで女はマルボロライトに火を点け、母語で言った、
 「あなたも、性格よくないね」
 日本の男はタイ語をしゃべると途端に持てなくなる。しかし同時に女の言葉にも真実味が混ざりこんでくる。業界筋の男女の語らいとなれば、なおさらだ。
 「でもボスも悪いよ。どこのボス(エージェント)?」
 「ラップラオのソーイ七十一」
 「あそこのソーイには、ボスがいっぱいいるよ」
 バンコクにはその手のエージェントが二百人いる。固有名詞を持ち出したって平凡な元コドモにはわからない。むしろ縄張りの地名を挙げたほうが信憑性に結びつくし、無難である。
 「プラトゥナムにいいボスがいるよ。わたしの名前を言えば話に乗ってくるから、住所、教えようか?」
 女を煙に巻く島崎の嘘は成功したようだ。かつて自身を日本へ送り込んだエージェントと、通りすがりの男のあいだで商談がまとまれば、彼女も幾ばくかのコミッションを手に出来る。投げ遣りな調子で、女はすんなりと情報を提供してくれた。

 泥水に水飴をたっぷり溶きこんだようなアイスコーヒーをコンビニエンスストアで買い求め、店先で啜りながら、真正面に建つ古ぼけたアパートを張り込んだ。業界人の動きはおおむねパターン化されているので、長時間暑い街中に佇む必要はこれっぽっちもない。時計を見ると午後三時。そろそろ夜の女たちは身繕いをはじめなければならない刻限である。アパートから、一見して水商売系と判る、エキサイティングな普段着姿の女たちが、ぞろぞろ出てきた。
 ___ なるほど
 と合点して、島崎は苦笑いを浮かべた。どの女にも、色白で、小柄という共通項がある。顔立ちは比較的才気を帯び、身体つきはシャープそのものだ。女の群れといっしょに、さながら三流女子大の講師といった趣の、太ったタイ人の中年男が現れた。けばけばしい生徒たちと不釣合いなまでににこやかな挨拶を交わして、肥満男はひとり、プラトゥナム市場のほうへ向かって歩き始めた。島崎は男のあとをつけた。
 表通りの歩道をしばらく歩き、男はアーチ型のゲートを潜ってプラトゥナム市場に分け入った。この高い天井を備えた全天候型屋内市場には、衣料品を小売する商店が稠密している。煤けた大きな採光窓を取り付けた屋根の普請は大雑把で、トタンのような安い建材が使われている。
 市場は蒸し風呂のように暑かった。太った男は、ハンカチで流れる汗を拭いながら、身体を揺すって、すれ違う買い物客と道を譲り合っている。市場は、色取り取りの衣服が間口からはみ出しあって、迷路のように入り組んだ路地を極端に狭くしていた。不意に男が立ち止まった。島崎も手近な商品を見るような素振りを取り繕った。たまたまそこで営業していたのは女物の下着を商う店だった。赤ん坊の衣類を買った男は再び歩き始めた。島崎は咄嗟に鷲掴んだベージュ色のブラジャーを元に戻すと、冷ややかな眼差しで男の客を品定めしていた店番の娘に、
 「おばさん用しか置いてないわね。もっと可愛いブラを仕入れたら?」
 と言い捨てて、尾行を継続した。買い物がてら市場の近道を抜けた男は、バイヨークタワーの地下通用口へはいった。ここは一種のトンネルで、壁に扉がならぶ地下構造物は、島崎もおよそ把握している。バイヨークの裏手にある立体駐車場に男の車が停めてあるのかも知れない。
 あたりに人気はなかった。
 まよわず、島崎は行動に移った。
 「エクスキューズミー、ジェントルマン」
 外国人の作法に則って、英語で男を呼び止めた。
 「イエス、ミスター。メイアイヘルプユー?」
 土地っ子は、道を尋ねられたと思ったらしい。さすがは、プラトゥナム界隈で、最も沢山の売春婦を日本へ送り込んでいるエージェントである。おくびれた様子も見せず、如才のない英語を返して来た。しかし、自分の脊髄にナイフが添えられているのを察知すると、藪睨みの目に緊張がさした。
 「カネなら、いま、持ち合わせがない...」
 ベビーウエアがはいったプラスチックバックを落さぬように手を添えて、島崎は親しみある調子で男の耳元に囁いた、
 「カネは要らない。少しのあいだ付き合ってほしい」
 数歩進んで、壁に付けられた鉄板の重い扉を押し開けた。饐えた臭いが立ち込める地下室には、高層ビル全体をカバーするエアコンの排水が、コンクリートの床にぴちゃぴちゃ音を立てて零れ落ち、鉛色の水溜りに寄り集まっていく。中国製の古いボイラーがガタガタ軋みながら、唸っていた。その音は、ちょうど老いさらばえた男の咳払いに似ている。
 扉に閂をおろすと、有無も言わさず島崎は、緑青が浮いた手すりに鎖をまわし、男に手錠をかけた。
 「何をする気だ」
 一段落すると、コンクリートの柱に寄りかかりながらタバコに火を点け、狼藉者はうそぶいた、
 「ふふふ、おれは日本人だからね、申すまでもなくホモでサディストだ。おまけにデブ専で、ふくよかなオヤジの切腹シーンが大好きなんだよ」
 舌なめずりしながら、咥えタバコの島崎は、男のベルトを外し、手際よく下半身を露出させた。
 「たまらねえ眺めだぜ。いいケツしてるな、オッサン」
 「ええっ、けがらわしい変質者め、やめろ!やめるんだ!」
 クレージーに扮する島崎は声を裏返し、猿のように笑い転げた。
 「サツに訴え出るなら好きにしな。泣きべそかいておまわりに言うがいいや、『私は人通りの少ない地下道で男色野郎にレイプされました』ってな。どこの新聞社も一面のトップをあんたの顔写真で飾ってくれる。...もっとも、ここから生きて出られたらの話しだがな。きゃははは!」
 「言っておくが、私を敵にまわさないほうがいいぞ」
 恥辱に耐え、目を充血させながらも、エージェントは精一杯に冷静を装って見せた、
 「私は、普通の人間ではないのだ」
 「知ってるよ。こんなにキュートな三段腹、めったにお目に掛かれないもんな。今すぐ、ナイフでずたずたに切り裂いてみたいわねぇ!」
 酷薄に食いしばった歯の隙間から搾り出すオカマ言葉で、テンションを高めた陵辱者はエージェントのたるみきった腹部をナイフのエッジで撫でまわしながら、せせら笑った。
 「こいつ、狂っている」
 下半身を剥き出しにした男は蒼褪めながらも、
 「私は、この界隈じゃ、ちっとは知られた大物ギャングなんだぞ」
 と、事情を知らない相手が聞けば噴出してしまいそうな啖呵を、真顔で切った。
もっとも島崎にしてみれば、お遊びを切り上げるよい機である。
 「そうかい。そいつは失礼したぜ、ボス」
 性格異常者はがらりと調子を変えた、
 「じゃあ、話してくれ。いまさっき、あんたが出て来たアパートの部屋で女たちは、いったい何をやっているんだ?」
 拍子抜けしたエージェントは、ようやく得体の知れない男の真意を察知したらしい、
 「私は知らない!」
 「そんなことも知らないやつが、どうして大物ギャングなんだよ?ひょっとして、あんたはただのチンピラか?」
 自尊心をいたぶれば、たいがいのタイ人は秘密を守ることより、その場限りの名誉挽回を優先する。
 「...」
 挑発に乗って来ない。このタイ人は、幾分か大人だったようだ。
 「なにしろおれは日本人だから、申すまでもなく甘ちょろいヒューマニストでしてね、願わくは、あまり手荒な真似をしたくないのであります」
 人類普遍の力攻めが無難だった。丸出しの臀部をぴしゃぴしゃ叩いて、島崎はフィッシングベストのポケットに忍ばせたマイクロカセットテープレコーダーの録音ボタンを押した。
 「もういっぺん訊くぜ、おじさん。...アパートの一室に女を集めて、一体あんたは何をやっているんだ?“売り物”を集めて、まさかハレムごっこでもあるまい。ん?」
 前に回り、島崎は指圧師よろしく男の喉仏に二本の親指を押し付けた。少し指先に力を加えれば、エージェントは即座に窒息死する。
 「“くぐり”の特訓だ...」
 かすれた声で素直な答えが返って来た。
 「もっと詳しく話すんだ。“くぐり”とは何だ?」
 恫喝者がフィッシングベストからこれ見よがしにベレッタを抜き取ると、エージェントはおどろくほど能動的にしゃべりだした、
 「不法入国の荒業だ...おもにナリタ空港でつかう。日本人の馬にくっついて、日本人帰国者の列に紛れ込み、馬がバスポートの審査を受けている隙に、身を屈め、柵で仕切られクランク状になったカウンターの縁を駆け抜ける」
 それは成田空港で「すり抜け」と呼ばれ、警戒されている不法入国手段だった。人ひとりがやっと通れるよう設計されている通路は、パスポートを審査されている人間が、カウンターに腹を押し付ければ、辛うじて掠めることができる。機内で、女が税関を抜ける際に提示するタイのパスポートへ贋の「上陸許可印」を捺した馬は、帰国審査カウンターの狭い通路をできるだけ広くして、コドモに突入路を提供する。事勿れ主義の日本人は、目の前で異常な入国劇が演じられてもあまり大騒ぎしないから、くぐりの成功率は30%以上と言われている。
 もっとも、迎撃する法務省とて、私服の係官を常時フロアにうろつかせている。そうなると極端に日本人離れした人相風体の者を帰国者の群れに混ぜ込むことはできない。
 それが、色白、すなわち一見日本人と似ていて、小柄で、すばしっこい女ばかりが“くぐり部隊”に選ばれる理由だった。
 「おれの国に入るのはたいへんだな。しかしもっと他に、公明正大に入国する方法はないのか?」
 するとエージェントは頑なに言った、
 「知らない」
 「偽装結婚という方法もあるんじゃないのか?」
 昨夜の女も当事者だったが、島崎はウィバパディ通りで有佳を見つけた日の朝、サイアム新報の鳥越記者と語り合ったテーマを、思い出していた。偽装結婚などという時代遅れの技法を持ち出す素人を、プロは侮った、
 「最近はあまり聞かないよ」
 口ぶりが、素人をあしらうように、少し尊大になっていた。
 「そうだな。本当にタイの女と結婚している奴は、本国で味噌クソに扱われて、えらい迷惑を蒙っているらしい。そのやり方は感心できないね」
 思い直せば自分も「被害者」の範疇にはいっているが、鬱陶しい私情を振り払い、島崎は本題に踏み込んだ、
 「日本領事館から直接アンダーテーブルで査証を買うことはできないのか?査証の不正発給なんて、この街の場合、どこの公館でも当たり前のように行われている特殊サービスだろう?」
 ふたたびエージェントの頬に緊張がはしった、
 「そんなサービスは、聞いたこともない」
 島崎は無言でサイレンサーを銃口に取り付けた。
 「わ、わかった。全部話す。だから頼む、殺さないでくれ。私にはまだ生まれたばかりの坊やがいるんだ」
 「かわいいの倅ちゃんの顔が見たかったら、要領よく話してよ、パパさん」
 サイレンサーの小さな孔が、男の額から、あさっての壁に向けられた。
 「...昔は買えたが、いまは無理だ。本省の査察がうるさくなったらしい。その代わり領事館できちんと合法的に九十日間の観光査証をもらうことができる」
 タイ人が日本の査証を取得したければ、まず不備のない申請書類一式を用意して、カウンセラーとの面接で合格すればおりる、というのが建前である。だが現実は、日本人の想像を絶する試練の数々が申請者の前に待ち構えており、とどのつまり、日本行きを諦めねばならないケースが殆どである。この世に未練があるエージェントは、積極的に説明した、
 「ひとりにつき五万バーツで日替わりの質問事項と模範解答のテキストが回って来るんだ。高いカネを払ってでも日本へ行きたがる雌鶏には、特にそっちの方法を用意する。日本人の女のビザカウンセラーがいて、彼女とシナリオ通りに話をすれば、間違いなく査証がおりるシステムになっているんだ」
 ---- スパキット一家の若頭、アレックスの女房だな ----
 ただちに頭の中で、島崎は点と線を結びつけた。
 エージェントはなおも続けた、
 「領事館で窓口になっている日本人が誰なのかは本当に知らない。テキストはスパキットさんを経由しないと手に入らない仕組みになっているんだ。嘘だと思ったら、スパキット一家の“直営店”をあたってくれ。もちろん連中にしてみれば、飛んで火に入る夏の虫だ。あんたの生命の保証はできない」
 島崎はエージェントの証言を直接、仕立て屋の看板を掲げているドンムアンのタウンハウスの情景に結びつけた。そこにはOL相手の事務服をこつこつ作るより、はるかに儲かる仕事が転がっている。
 「スパキットが元締めだな?」
 「そうだ。われわれは、毎月割り当てられた人数分だけ雌鶏に査証を持たせ、あとはくぐりでしのいでいる。三割成功すれば元が取れるからな」
 ひとりのエージェントから、これだけ証言が取れたら上出来である。島崎は録音ボタンを解除して、
 「ご協力ありがとう。では、楽にして差し上げよう」
 ゆっくり銃口をエージェントの眉間にあわせた。
 「はっ、話しがちがうぞっ!撃つなっ!お願いだ...」
 しかし、引き金は無情にひかれた。島崎が叫んだ、
 「ばんっ!」
 エージェントは失禁したが、弾倉は空だった。






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