* この物語はフィクションであり、登場する人物、企業、
団体、一部政府機関の名称は架空のものです(著者)。




第二話



  世界地図をひもといてみると、タイという国は、ひとえにインドシナ半島ばかりでなく、アジア世界のほぼ真ん中に位置しているのがよくわかる。タイは、あたかも大きな街道がまじわる十字路に開かれたバザールのような国柄なのだ。人の往来もさかんである。世界中からいろんな人間が集まっては、鎬を削って、ある者はこの土地に埋没し、ある者は行き倒れ、そして大多数はふたたび四方八方の国々へ散っていく。こんなタイを象徴するような首都が、亜熱帯地方に渦巻くカオスのような都会、バンコクだった。
 いまから二百年ほど前、現チャクリー王朝の始祖ラマ一世によって、チャオプラヤー川の東岸に広がる湿地帯にひらかれた。国際的に認知されているバンコクという地名は、川の岸辺に古くからある漁労民の一集落の名称に由来している。しかし土地の人は、この街をかまえてバンコクとは呼ぼうとしない。たゆまぬ祝福をこめて[クルンテープ・マハナコーン]と賛美する。厳密に言えば世界で一番長い地名であり、そのあとに散文詩が延々と固有名詞を織り成すのだが、ともあれ、クルンテープとは、古代サンスクリット語の亜種・パーリ語で[天使の都]という意味だった。




  【第一章】


 シロム通りは東京なら"銀座"に格付けられる界隈だろうか。ほどほどの歴史があって、飲食店には老舗が多く、外資系、ローカル系企業が垢抜けたヘッドオフィスを並べて殷賑をきわめている。朝働きに来た者は夕方そのまま徒歩で遊び回れて外国人の観光客がたいがい一度は立ち寄る街だからである。週刊邦字新聞を発行しているサイアム新報社は、そんなバンコク銀座の片隅にあった。
 島崎は子どもの時分からムスクの匂いが好きになれなかった。礼儀正しく女と接するのが苦手である。几帳面ぶる自己欺瞞はささくれ立った気質にとっては苦痛なだけだった。
 ところが困ったことにサイアム新報を率いるマネ−ジングディレクターは、ムスクの愛用者で、おまけに女だった。
 「あきれた。島崎さんは、やっぱり売春を肯定している人なのね」
 厭味を言われるのは、編集部のフロアではからずも目を合わせてしまった時点で覚悟していた。好きにしろ、と開き直った啖呵を切る代わりに、
 「はぁ、すみません」
 と、ひとまず頭を掻いた。長身で、みずみずしい肌をしたマダムは、初めて会う人に、四十代前半くらいの印象を与えるけれど、実際は五十代も終わりに近づいているという。事実上のサイアム新報社長といっていい。それなのに、しばしばこうして編集の仕事に首を突っ込んでは外注記者を苛ようとする。そのくせまま平気な顔で小便くさい小娘みたいなことを言う。娼婦に対する嫌悪感が象徴している潔癖症は病的ですらあった。島崎とは徹頭徹尾、相性がわるかった。
 「それとも、こんな風に書いておかないと渡世への仁義が立たないのかしら?」
 自分の会社の不良記者について、色んな噂が耳にはいっているらしい。年増女はとことん憎まれ口を叩いた。島崎は"もうひとつの顔"の隠蔽に無頓着なので、かくべつマダムから嫌われているのだ。もっとも島崎に言わせれば、料簡の狭い人間は自分に馴染みがない世界をただちに異界と決め付けたがる。ましてや堅気と渡世の境界線が入乱れる無節操な時代、多様な業界に踏み込むことについて、やましさはまったくない。嫌味はいつもさらりと聞き流した。原稿をつき返しながら、悪意に満ちた声色が続いた、
 「女性の尊厳を蹂躙する行為は、あくまでも絶対悪なんです。それなのに何ですか、あなたの不真面目きわまりない文章は。"紳士諸君、めくるめく出逢いを重ねて人生の機微を大いに学ぶべし"・・・?話にならない下品さね」
 「はぁ、すみません」
 内容の希薄な紙面に"週刊有料チラシ"といった面当てもよく聞かされるが、サイアム新報はまがいなりにも新聞であって低俗な男性誌ではない。言われてみれば、島崎の脳天気な書き方はたしかに不適切だったかも知れない。マダムの冷たい眼差しは、じゃぱゆきさんに触れた文節へ移った、
 「騙されて日本に売られていくタイの女の子たちがどうして頼もしいの?あの娘たちは被害者なのよ」
 平成九年現在、上陸許可が認める滞在期限を過ぎてもなお日本に残留するタイ人は六万人以上いると言われている。これは合法的な在タイ日本人の総数四万二千人より多い。タイの人口は日本のほぼ半分だから、この数値が如何に膨大な人数であるかが伺えるだろう。不法残留者の多くが、つまり、騙されて貞操を踏みにじられている被害者なのだそうだ。
 ___ 騙されて? 被害者?
 島崎は首を傾げた、
 ___そりゃ雌鶏どもは百人町でサツ官にパクられたらそう釈明するさ。しかし"日本へ働きに行く"が、"身体を売りに行く"という意味だと解らないカマトトは、少なくともこの国の学歴に乏しい娘の中にはひとりだっていないんだよね、おばさん・・・
 あまりにも的外れな論評にしばし二の句を探したが、
 「はぁ、すみません」
 と、ひとまず謝った。死に物狂いの生き方を余儀なくされた人間たちにとって、醇風美俗など贅沢品以外の何物でもない。共犯者、と呼んでしまうと聊か買い被りのきらいもないではないけれど、日頃新聞記者の名刺をちらつかせて企業から金銭を毟り取って暮らしている島崎にしてみれば、淫売稼業の女たちも親しい同業者みたいな存在である。社会の暗部でしぶとく生きる企業ゴロと商売女の違いは、突き詰めてみれば性差と職業適性だけかも知れない。
 ___あいつらは一切承知して日本に行っているんですけどね・・・、喉まで出かけた青臭い反論を嚥下して、島崎は神妙に決まりきった宣告を待った。
 「この原稿は没にします。来週は穴をあけないでね。記事を書いてくれるひとは大勢いるんだから」
 まるで話にならない天敵は、決まりきった脅迫のおまけをつけた。


 昼飯前なのに、太陽はすでに頭上にあった。雲は一片もない。
 日本人にしてみれば、すこぶる好い天気であるが、タイ人は、曇り空の、比較的涼しい日に"よい天気だね"と、挨拶を交わしている。如何に暑い国の人間でも、暑さは暑さ、なるべくなら関わりたくないようである。そして、赤毛の異邦人は冗談めかせて本音を語る、
 "タイの天気は三つある、Hot,Hotter,Hottest"
 直接酷暑の意味を成す快晴は、必ずしも、この国で暮らす者たちから歓迎されているわけではないのである。サングラスをかけてシロム通りに出ると、歩道で正社員記者の鳥越とばったり鉢合わせした。あまり汗をかいていない様子を見ると、今し方、エアコンバスから降りたところらしい。鳥越は、島崎よりひとつかふたつ年上のはずだが、見た感じは大学生で通用するくらい若々しかった。
 「お疲れです。取材ですか、鳥越さん」
 数年後の開通を目途に、大通りの真中では、スカイトレインの橋桁づくりが、タイらしからぬ急ピッチで進められている。ひときわけたましいコンクリートドリルの断続音をやり過ごし、鳥越はいった、
 「取材というか、退避していただけだけど、おばさん、まだ編集部にいますか?」
 正直にサボっていたことを自白して、正規の記者はにやけた。島崎の口元に自嘲めいた皺が寄ったのを見て取ると、鳥越はあっさり帰社を取り止め、身を挺した情報提供者をクーラーの利いた喫茶店へ誘った。断る理由はなかった。
 「入稿日だからね、ほんと、島崎君は間が悪かったとしか言いようがない」
 鳥越ばかりでなく、日本人の正社員はいま、全員が本社から逃げ出しているらしい。他の外注記者もまたしかり。ところが、昼と夜がすっかり逆転した生活を送っていると曜日の感覚など、いとも簡単に見失ってしまうものだ。
 「最悪ですよ。編集室に入ったら、日本人、あの大年増しかいないんだもんなぁ」
 言いながら、火に飛びこんで来たばかりの夏の虫は、ディパックから没にされた原稿を引きずり出した。ひとしきり目を通すと、鳥越はちいさく頷いた、
 「パクヌア(北部地方)の置屋に行ってみるとよく解る。昼間の百姓仕事を終えてから、ああいう所にたむろしてお客を待つカサカサの掌をした娘たちはね、とにかく、泣き出したいくらい、自分の身体を買ってもらいたがっているんですよ。でも、生活苦がもたらす悲哀など、きれいな掌をした女には、いくつになっても理解できないものなんでしょうよ。この国の売春など、良し悪しの問題じゃないってことがね」
 外見は縁なしメガネがよく似合う大人しいインテリ顔だが、知る人ぞ知るサイアム新報の熱血漢・鳥越記者の話しはいつも灰汁がつよい。ところが、ひねくれた外注記者は、賛意を受けると、やおら冷ややかになった、
 「赤貧は昔の話。当世の商売女は、テレビを皮切りにオートバイが欲しい、クルマを買いたい、大きな家を建てたい、でしょ?あくまでも見栄のため。やむにやまれぬ生活苦なんて、もうタイじゃめったにお目に掛れませんや」
 マッチポンプで煮え切らない天邪鬼に梯子を外された格好となった正社員記者は、怨嗟を手向けるでもなく、あっさり調子をあらためた、
 「けっきょく、これは未成熟な経済発展に土俗の母系文化が打ち出した回答、だね」
 北部の一部村落では、女親が一家を養う伝統がある。しかし、通貨経済が中途半端に発達してくると、ろくな学歴も技術もない女たちには身体を売るよりほかにまとまった現金収入を得る術がない。そんな事情が、タイをして、世界屈指の売春大国に位置付けていったのである。島崎はいう、
 「ここ数年のあいだ、タイのまともな若い女が日本に行くのは事実上不可能になっています。普通の観光ビザはおろか、きちんと入籍した女房だって養育すべき子供がいないとかなり難しいみたいですね。なにしろ一時期、偽装結婚がめっぽう流行ったでしょう」
 「うん、困った。僕は早いところ嫁さんを内地の両親に会わせておきたいんだけ
ど、どうもビザが降りない雲行きでしてね。味噌糞ってやつです」
 ここで話を区切り、
 「いっそ、"五万バーツ"を積んでみようかな」
 突然含み笑いする鳥越記者は、いま島崎が隠密裏に追跡している黒い噂を知っていた。だがそれは、半ば公然とした事実でありながら、この街で生きていかなければならない日本国民のあいだではタブー事項とされていた。
 「今週は記事にするのに適当なネタがなかったんです」
 花町ネタは、そんな時の埋め草に重宝だった。島崎は本音を吐露した、
 「また、中途半端な記事で赤っ恥をかくところだった。ボツになってせいせいしたくらいですよ」
 ふと、先日、記事を鈴木隆央に茶化されたことが脳裏をよぎっていた。毎週、当り障りのない経済記事ばかり書かされている鳥越も真面目くさった顔をした、
 「姐ちゃんたちの人権を守っている場合じゃないよね。いまは僕ら自身の生存権をどうやって保障するか、そっちのほうがよっぽど切実でしょう」
 鳥越の月給はローカルベースで三万バーツと聞い一応の高給取りだが、いざ、自腹で一時帰国するような事態になっては一大事である。タイと日本は物価がまるで違う。あまつさえ、バーツが大暴落した昨今は、頭の中で現地所得を円に換算するだけで、寒々しい。考えたくもない。これは、鳥越のみならず、現下、タイで仕事している現地採用の日本人全員に共通した心理であろう。
 「ま、島崎君は例外でしょうが」
 「冗談じゃない。僕ら外注は毎月八千バーツしか貰っていませんよ。だから今月も、アパートの家賃の三千バーツをどうやって捻出したらいいのか腐心しているのです」
 「莫大な副収入から払えばいいじゃないの」
 鳥越が言わんとする揶揄は解っていたけれど、この企業ゴロの暮らし向きは、実際それほど豪奢ではなかった。
 「でも、島崎君のライフスタイル、けっこう地味らしいね」
 「べつに信念って積りもないんですが」
ゴルフはやらないし、下戸なので酒も嗜まない。付き合いの上で、たまにはソープランドに繰り出すものの、色の道も淡白である。およそ、散財を要する趣味に乏しかった。
 「まあ、バーツがここまでガタガタになると、帰りたくったって帰れない身の上のほうがかえってマシかも知れませんよ」
 島崎を哀れみつつも羨むような眼差しで、鳥越は相好をくずした。
 「はぁ、おかげさまで」
 島崎は十代の半ば、よんどころない事情から、中央地方を問わず、政界と官界に隠然たる影響力をもつ在野の政策推進機関に所属していた。国会議員や自治体の首長を数多輩出しているこのグループは若手人材の育成にも熱心で、同世代の仲間は少なからず学習会で明日の為政者になるための研鑚を積んでいたけれど、島崎自身は単刀直入な荒業のほうが性分に合っていたらしい。もっぱら水面下で活動する工作員としての業務に没頭していた。温室みたいな箱庭の中でしか通用しない政策思想にはまったく興味がなかったからである。その時点で島崎は、形式ばった政治家でなく、実質的な政治屋としての針路を選んだ、と言えるかも知れない。
 ところが、ある時、重要な工作で取り返しのつかない失敗をしでかした。政治屋業界では信用を落とし、転身しようにも、本国だと何かと邪魔がはいって糊口をしのぐことすら難しくなった。
 島崎はよく戯れに自分の過去を知らない同国人を前に「政治亡命者」を気取るけれど、これはあながち嘘ではない。事新しく話したことはないけれど、鳥越はアルバイト同僚の過去についても、まったく無知ではない様子だった。だから、島崎にとっても、冗長な前置きを必要としない分だけ話しやすい。
 「でも、何年も前の話しだけど、島崎君が書いたガチャ子の記事は絶賛してたんだから」
 久しぶりにその名前を聞いた。ガチャ子というのは、島崎が生まれ育った都下吉祥寺の御殿山動物園で飼育されている象の老嬢の名前である。ガチャ子は現役で、今日も武蔵野のオアシスで子供たちに愛嬌を振り撒いている。
 「誰が?」
 「マダム」
 どうしてそんな記事があのマダムに気に入られたのか、さっぱり解らない。
 「ふうん。初耳でした」
 「そもそも、マダムに、島崎君に記事を書かせてみようって気にさせたのは平成五年のコメ騒動裏話でしょう?」
 それはいろんな意味で島崎の運命を大きく決定付けた未解決の事件である。
 「でもね、鳥越さん。あのレポートは主観をまじえず事実だけを書いたのに、今回同様お払い箱になって、とうとう活字にはしてもらえませんでしたよ」
 「ある筋から圧力が掛ったみたい。それ以上のことは、何も言えませんがね」
 鳥越は五年前の案件について、何かを知っているらしかったが、いまの島崎には他にやることがあるし、それどころではない。突っついてみたところで、鳥越は容易に口を割らないだろう。
 いずれにしても、サイアム新報のトップの趣味は、いよいよわけがわからなくなった。とは言い条、しばしば説明のつきにくいことが起こるのは、この街の日常なのである。つまらない詮索はやめることにした。


 だいぶ完成に近づいた高架線の下で、走り出したラチャダピセク通りへ行くエアコンバスに追いすがり、飛び乗った。島崎の住処はバンコク市外の北部、ラップラオ通りの64番小路にある地元の庶民向けフラットだった。タイ語で小路のことを"ソーイ"と言う。これはこの国で日常生活を送る上で真っ先に覚えておいたほうが無難な単語のひとつかも知れない。ラップラオ64番ソーイはラチャダピセク通りと交差しているスティサン通りの延長線だから、このバスなら一本で小路の入り口まで行ける。その先は、小路の角でたむろしているモトサイ、つまりオートバイタクシーにアパートの玄関先まで身を任せればよい。ちなみにモトサイタクシーというのは、客をタンデムで乗せて走る、荒削りだが、まことにシンプルな交通機関で、むしろ渋滞に悩まされるこの街では、一番早く目的地に辿り着ける優れものである。

 女の車掌はなかなか回ってこなかった。何が可笑しいのやら、イカれた感じの運転手とずっとおしゃべりに興じている。10バーツ硬貨を握り緊め、されど気にせず、島崎は車窓の景色を眺めていた。昼飯時だからだろうか、バスは薄気味悪いほどガラガラだった。伊勢丹の前を抜け、いつもよりスムーズにプラトゥナム市場を過ぎ、相変わらず空いたままのバスは北上して、やがてディンデン通りを右折する。あとはしばらく東へ真っ直ぐ走り、ヤオハンの角を左に折れるはずだった。ところがディンデン通りにはいって間もなく、予期せぬ事態が起きた。バスは数百メートル走って、おもむろに左折したかと思うと、空港方面に通じているウィバパディ通りに入り込んでしまったのだ。もっとも、島崎は舌を打ち鳴らすくらいで、いちいち驚いたりはしない。油断のならないバンコクのバスは、運転手の気分次第で、しばしば、コースが変わるのだ。こんな場合、帰り方が面倒になった、と諦めればよいだけの話しだった。
 ようやく頑健な女車掌が料金を集めにやって来た。
 「スティサン交差点・・・しかし姐さん、なんでいきなり変なコースを走るんだよ?」
 一言くらいは、恨み節を言っておきたかった。
 「書いてあったでしょ、これはチャトチャクの車庫に回送ついでに行くバスよ」
 北東訛りでしゃべる女は、客に対してすこぶる態度が悪かった。
 "チャトチャク行き"と聞いて心中穏やかならぬものを覚えながらも、島崎は乗車率の異常な悪さの理由を理解した。しかし、行き先の確認を怠り、バスに乗り込んだこ
とに就いては、なぜか、後悔する気にならなかった。

  ウィバパディ通り。
  普段はめったに通らないこの道に、
  今日のおれは、
  ずっと昔から、連れて来られる運命が決まっていたのだ・・・
 
 奇妙な思考が脳裏をよぎり、悪寒に似た疼痛が鳥肌を立たせた。決して過剰冷房のせいではなかった。それは、古い無人の駅舎を、ひとり黄昏時に彷徨う夢と似ていた。刹那、ここが何処で、いまが何時なのか、そして自分が誰なのか、曖昧模糊として、しばし戸惑う。島崎は、生まれてこの方抱いたことのない非日常的な感覚に憑かれつつあった。
 身震いして、かぶりを振った。
 ___ ゲシュタルト崩壊?・・・まさか、このおれが?
 こと自身に関しては使い慣れない心理学用語だった。
 白い仏塔が車窓を過ぎ去り、いまさらながらにタイが仏陀を崇める国だと思い知る。寺院など、いつもなら決して気にも止めない街角のオブジェだった。
 やっぱり、何かがおかしかった。
 歩道を行く下校途中の小学生の群れが、脳波の乱れを自覚する島崎を辛うじて正気の世界に引き止めていた。たが、そんな安堵感も、子供たちが吸い寄せられるバス停のあづまやへ何気なく視線が移った途端についえた。黒ずんだ材木の骨組みに緑色のトタン板で葺いた屋根が載るシャム様式の小さなあづまやこそ、藪から棒に始まった不可解な恐慌の権輿と察知したからである。白いシャツにカーキ色の半ズボンの男の子、青いスカートの女の子が大勢で、何かを訝しそうに取り囲んでいるのが見えた。
 彼らの中心にあるものが、錯乱の謎を解明する鍵であると直感した。島崎は釈然としない面持で座席を離れると降車口でブザーを押した。
 「スティサンの交差点はまだ先だよ」
 気だるそうに女車掌が茶々をいれた。
 「いいんだ。気が変わった。ここで降ろしてくれ」
 後続車両は続いていなかった。運転手はしのごの言わず、バスを何もない路肩にゆっくり擦寄らせて、停めた。
 「ありがとうよ、兄さん」
 こんな時は男のほうが融通もきく。運転席のミラーに白い歯が映った。
 歩道を駈け戻り、あづまやに足を踏み入れた。
 「ごきげんよう、小さな学生さん。何かあったの?」
 意訳すると、こんな按配になろうか。島崎は子供たちに声を掛けた。だが、訊ねるまでもなかったようである。ベンチに、赤いリュックを抱えて俯く、ひとりの少女の姿があった。紺と白のギンガムチェックのシャツにジーンズを身につけている。こげ茶色の紐で編んだカチューシャをつける白い額が強い陽射しに炙られていた。こざっぱりと後ろへ撫でられた艶やかな長い黒髪も育ちの良さを物語り、垢抜けてはいるが、全体的にちょっと古めかしい印象を受けないでもなかった。
 彼女が途方に暮れているのはわかる。親と一緒にタイへ観光旅行に来て、迷子になった北東アジアの少女、と見なすのがいちばん常識的だろう。まわりの子供の言葉が通じていないところを見ても、タイの子ではなかった。
 突然割り込んできた男が口にするタイ語のおかしなイントネーションを聞きとがめ、くっきりした目の輪郭が利発な印象を与える貌立ちの少女がいった、
 「お兄さんは、タイ人じゃないんですか?」
 「日本人だよ」
 そして島崎はキックのポーズを決め、
 「セマクテ」
 と、挨拶した。馬鹿をやれば、いくらかでも、気晴らしになる。子どもたちのあいだから、笑いと、希望を含んだどよめきが上がった。
 脈絡なく発した日本語の音は、そのままタイの慣用句になっている"(酔っ払いが)寄らば蹴るぞ!"の意味に重なって、わけの解らない日本人が当惑するほどポピュラーな語彙になっている。したがって、本物の日本人がおどけてこれをやると、大人にも子供にも、タイ人には必ず受けるのである。だが、優等生風の女の子だけは冷静だった。
 「この子は日本人です。お兄さん、助けてあげてください」
 タイの女は、たとえ小さくても、断定調子でしゃべりたがる。
 ___ いまどき日本にこんな身格好の娘がいるもんか。台湾人か韓国人かも知れないじゃないか。
 白けた自尊心を誤魔化して、地元の学童が注視する中、島崎はベンチの少女に話し掛けてみた、
 「ヨボセヨぉ。ソンハミ、ヌグシンジヨぉ?」
 まず、"もしもし、お名前は?"と訊いてみたが、反応はない。
 「小妹従那里来?」
 "お嬢ちゃん、何処から来たの?"も、回答が得られなかった。仕方なく日本語で、
 「・・・よわったぞ。それじゃ、やっぱり、お姉ちゃんは日本人なの?」
 と、ぞんざいに言ったところで、くっきりした輪郭の小さな顎がのぞき、少女が上目遣いに、賑やかな男の面貌をうかがった。硬く閉ざされた唇は透き通るような桜色をしていた。水彩絵の具で彩色したような清潔感をたたえる卵形の顔と、子供にしてはやや完成したきらいのある切れ長の双眸が、声の主に虹彩の照準を合わせた。刹那、島崎は沈没船と共に深海へ引きずり込まれるような眩暈を覚えた。この顔には見覚えがあった。
  ――― まさか?・・・
 島崎が小学生の頃、何かの行事の朝だった。同級生で、自宅を出たきり、忽然と行方をくらませてしまった女の子がいた。
 ――― そんなばかな・・・
 少女の名前は冴木有佳といった。
 ところが消えた少女は、失踪当時と寸分変わらぬ姿でウィバパディ通りのあづまやのベンチに腰掛けていた。
 ときどき説明のつかない事件が起きるのは、この街の日常だった。
 複雑なわだかまりが一切の好ましい安堵感を打ちのめす。あたかも雨降る路傍にうち捨てられた人形と目線を合わせてしまったような居心地の悪さにさいなまれる島崎は、はじめ、少女を他人の空似と決め付けようと努めた。冴木有佳という名前の娘は、"死んだ"のである。すくなくとも、とうのむかしに死んだことになっている。だからあずまやの彼女を冴木有佳のそっくりさんと受け止めるのは、世間の常識に基づいた平凡な諦観であろう。しかし早合点は束の間の気休めだった。やおら、怯えきったか細い声色がまとわりついて来るに及んで理性的な思弁はたちまちどこかへ吹き飛んだ。
 「どこ?」
 まぎれもなく、それは冴木有佳の声だった。








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